DEADLOCKシリーズ

DEADLOCKシリーズ(キャラ文庫/徳間書店)の作者ブログです。

英田サキ情報ブログ http://aida3.blog.jp/

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『DEADLOCK』(キャラ文庫・徳間書店)シリーズ、ロブ×ヨシュアの番外編。
2016年発行同人誌『LOVENEST』のおまけペーパーより再録。
Amazon Kindleで販売中の電子版には収録されています。









『アルパカより可愛い恋人』



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 ユウトが帰ったあと、ロブが鼻歌交じりにキッチンで片付けをしていると、ヨシュアが難しい顔をして隣にやって来た。
「ロブ、すみませんでした。私が間違っていました」
「え? 何? なんのこと?」
 突然の謝罪に驚いて、持っていたお気に入りのノリタケのプレート皿を落としそうになった。危ない危ない。これは結婚祝いにカレンが贈ってくれたものだ。うっかり割ったりしたら口うるさい姉に、会うたび嫌みを言われてしまう。
 皿を食器棚に入れてから、「ごめんよ、ヨシュア」と彼と向き合った。
「なんのことかさっぱりわからない。君、俺に謝らなきゃいけないようなこと、何かした? 俺はまったく覚えがないんだけど」
「アルパカの件です。私は嘘をつきました」
「……アルパカ?」
  三秒ほど考えて、「ああ、あれか」とロブは大きく頷いた。
 
 ディックが今、海外出張でアブダビにいて、ユウトは久しぶりのシングルライフを楽しんでいると言った。ロブは自分ならヨシュアが一週間もいないと寂しくして死んでしまうと話し、その際、寂しいと病気になって死ぬという説のあるアルパカを引き合いに出したのだ。
 ロブはそんなアルパカは最高に可愛くてキュンとなると熱弁を振るったが、残念ながらユウトとヨシュアの同意は得られなかった。
「寂しいと死んじゃうアルパカに、キュンとならないかって話だな。やっぱり君もキュンとなるのか。そうか。うん。そうだと思ったよ」
 同じ価値観を持つ必要はないが、パートナー同士で感じ方が似ているのはいいことだ。そのほうが物事に波風が立ちにくい。
「何も感じないユウトって変だよね」
「いえ、その点に関しては私もユウトと同じ意見です」 
 即座に否定され、首をかしげたくなった。
「じゃあ、君がついた嘘って何?」 
「……ロブがいないと寂しくて死んじゃう、の件です」
 
 言いづらそうな表情だった。
 確かロブが「ユウトもヨシュアも情緒が未発達なんだよ。俺なんてものすごく情緒的な男だから、もしヨシュアに『ロブがいないと寂しくて死んじゃう』って言われたら、心筋梗塞で倒れちゃうよ。それくらい胸がキュンとなる」と冗談を言ったあと、空気を読めないヨシュアが「私は絶対にそんなことは言いません」と真顔で反論したのだ。
「そんなことは絶対に言わないと断言しましたが、考えているうちに、自信がなくなってきました。人生は長いので、もしかしたらこの先、言うことがあるかもしれません」
  ほんのり頬が赤い。ヨシュアの感じている羞恥がどういうものか、ロブにはよくわからない。間違いを認める羞恥か、あるいは『ロブがいないと寂しくて死んじゃう』という恥ずかしい言葉を口にした羞恥か。
 少し考えて、きっとヨシュアはそれほどまでにロブが好きだと告げている自分が恥ずかしいのだろうと解釈した。自分勝手な解釈でも幸せな気持ちになれるのだから、まったく問題はないはずだ。
 
「わかった。君の謝罪は受け入れるよ。その代わり、もう一度言ってくれない? 『ロブがいないと寂しくて死んじゃう』って。そっくりそのまんまだよ。いつか言いたくなった時のために、練習しておこう」
 生真面目なヨシュアは嫌がりもせず、「わかりました」と真剣な顔で頷いた。重要な任務を与えられたような顔つきだ。
「……ロブがいないと寂しくて死んじゃう」
 口調は硬いが台詞は最高だ。うっとりした。なんて素敵な言葉だろう。胸が十回くらいキュンとなる。キュンキュンキュンだ。もっと年を取ってから言われたら、間違いなく心筋梗塞になる危険な言葉だ。
「ああ、スウィーティ。君ってつくづく最高。アルパカより断然、可愛いよ」
 ロブは感激のままヨシュアを抱き締め、「んーっ」と声を出して強くキスをした。キスが終わってからヨシュアは、珍しく不満そうな表情でロブを見つめた。
「アルパカに勝っても嬉しくありません」


             

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『DEADLOCK』シリーズ一覧 2021/12月現在


●キャラ文庫(徳間書店) イラスト:高階佑先生
<本編>
『DEADLOCK』(ディック×ユウト)2006年
『DEADHEAT』(ディック×ユウト)2007年
『DEADSHOT』(ディック×ユウト)2007年

<外伝>
『SIMPLEX』(ロブ×ヨシュア)2008年
『HARD TIME』(ダグ×ルイス)2012年 ※2018年文庫化

<番外総集編>
『STAY』 2015年
『AWAY』 2015年
『AGAIN』 2021年

<シーズン2>
『OUTLIVE』(ディック×ユウト)2017年
『PROMISING』(ロブ×ヨシュア)2018年
『BUDDY』(ディック×ユウト)2020年

 


●Charaコミックス 作画/高階佑先生
『DEADLOCK・1』
『DEADLOCK・2』
『DEADLOCK・3』
『DEADLOCK・4』

 




●文庫未収録作品

 2012年 
『彼の嫌いなグリーンピース』(ディック×ユウト)コミックス『DEADLOCK・1』収録
 2015年 
『眠れない夜の中で』(ディック×ユウト)コミックス『DEADLOCK・2』収録
 2019年 
『I treasure you』(ダグ×ルイス)バースデーフェア配布小冊子
『I can't compete with you』(ディック×ユウト)全サ・プレミアムペーパーセット
『Take me to the camp again』(3カップル)全サ・特製豪華小冊子
『Restful slumber』(ディック×ユウト)コミックス『DEADLOCK・4』収録
 2020年 
『秘密が増えていく病』(ディック×ユウト)『BUDDY』Amazon購入特典
『ユウティの最高の一日』(ディック×ユウト+ユウティ)バースデーフェア配布小冊子
『昼下がりの内緒話』(ユウト&ヨシュア&ルイス)全サ・プレミアムペーパーセット
『The Days of Love and Peace』(ディック×ユウト)全サ・特製豪華小冊子
『Restful slumber ~ alone again』高階祐先生作画 全サ・特製豪華小冊子
 2021年 
『What is love even?』(ディック×ユウト)バースデーフェア配布小冊子
『ハンサムが多すぎる』(キース&オールメンバー)全サ・プレミアムペーパーセット



★本ブログ掲載
2019年『プライベートレッスン』(ロブ×ヨシュア) Twitter RT企画
2019年『You're my valentine』(ディック×ユウト) Twitter RT企画


『BUDDY』発売記念CMトーク(チャットストーリー)


★同人誌作品  ※購入方法は情報ブログでご確認ください。
『エ・キエロ・ムーチョ』(ネト×ロブ)『MIXS Special』(電子書籍)再録 ※販売休止中
『DANCE WITH A DOG』(ディック×ユウト)『MIXS Special』(電子書籍)再録 ※販売休止中

<Amazon Kindleで発売中>
『アイシテル』(ディック×ユウト)『LOVE NEST』(電書化済み)収録
『アルパカより可愛い恋人』(ロブ×ヨシュア)『LOVE NEST』(電書化済み)収録


『PROMISING DEADLOCKシーズン2』(キャラ文庫)発売記念企画の番外編、第二弾(ディック×ユウト)、大変大変遅くなってしまい申し訳ありません。

(第一弾のロブ×ヨシュアの番外編はこちら

ネタが決まらず、いくつか書いてはやめて書いてはやめてを繰り返し、最後に「そうだ、バレンタインデーの話を書こう!」と思い立って書き出しましたが、着地点を見失い迷走。
書いたり弄ったり
ずっとぐだぐだしていましたが、これ以上、番外編SSをこねくり回しても仕方あるまい……とエンドさせました。
消化不良分は今取り組んでいる「DEADLOCK」シリーズのシーズン2、三作目に託したいと思います。

バレンタインデーの話のはずが、バレンタインデー前日の話になってしまいましたが、よかったら読んでやってください。
funny.pho.to_together_forever




★二月なので時系列的には『OUTLIVE』『PROMISING』より前の話になります。



You're my valentine





『You're my valentine』




 非番のその日、近所の公園でユウティを遊ばせて家に帰ってくると、ロブから電話がかかってきた。
「やあ、ユウト。今日は休みだろ? 今、家にいる?」
「いるよ」
 親友のロブ・コナーズはなんでも知っている男だ。教えた覚えのないスケジュールを把握されていることくらいで、今さら驚いたりしない。
「スプリンクルズのカップケーキを買ったんだ。わざわざ並んでさ。一緒に食べない?」
 ユウトは苦笑しながらその誘いにOKした。大学での講義帰りに人気の店に立ち寄り、カラフルで可愛いカップケーキを買う犯罪学者。嬉しそうにニコニコしながら並ぶ姿が目に浮かぶようだ。
 すぐにやってきたロブは、尻尾を振るユウティを撫で回したあとで、濃いめのコーヒーをリクエストした。ロブが持ってきたカップケーキは四種類あり、ユウトはジンジャーレモンを、ロブはレッドベルベットをそれぞれ選んだ。
 バナナはディックにあげてくれと言われたので、礼を言って皿に取った。ひとつ残ったチョコレートは持ち帰り、ヨシュアに食べさせるのだろう。
 淹れ立てのコーヒーを飲みながら、ふたりしてマフィンの上にクリームがたっぷり載ったカップケーキにかぶりつく。
「美味しいけど、すごく甘いな」
「そう? ここのは甘さが控え目なほうだよ」
 ロブはご機嫌な様子でカップケーキを平らげた。甘党ではないユウトにはこの半分くらいでちょうどいいのだが、ロブの厚意を無にしては申し訳ない。ブラックコーヒーで味覚をリセットしつつ、どうにか食べ終えた。
「ところで明日はどうするんだい? ちなみに俺はヨシュアを連れて、マリブにある人気のレストランに行くつもりだ。初めて一緒に過ごすバレンタインデーだからね」
 ロブはコーヒーを飲みながらウインクをよこした。ヨシュアの話をするときのロブは、いつも鼻の下が伸びて締まりのない顔になる。
「去年のうちから予約しておいたおかげで、海が一望できる窓際のいい席が取れた。サンセットを眺めながらアペリティフを楽しんで、日が沈んだら時間をかけて美味しい料理を味わうんだ。すごく楽しみでわくわくするな。君らもデートするの?」
「行かない」
「じゃあプレゼントは? 花束は手配した?」
「バレンタインデーだからって、俺たちは特別なことはしないよ。あ、でもレティには花を贈った。ルピータにはぬいぐるみとお菓子。毎年そうしてる」
 アリゾナで暮らす義母と妹へのバレンタインデーのプレゼントは、社会人になってから欠かさず贈るようにしている。
「君とディックってさ、結婚して三十年くらい経つ熟年夫婦みたいだよね」
 ロブは呆れたような表情を浮かべている。まったく納得しがたい意見だったので、「そんなことはないだろ」と言い返した。ディックとは十分すぎるくらいラブラブの関係だと自負している。
「俺に言わせれば、バレンタインデーだからって大騒ぎするほうがどうかしてるよ。恋愛にイベントなんて必要ないと思う」
「くだらないとわかっていても、あえて乗っかるのが楽しいんじゃないか。もしかしてユウトってアンチ・バレンタインデー派?」
「そういうわけじゃないけど。まあでも十代の頃は嫌いだった。花を贈る彼女がいなかったから、ダンスパーティーにも参加しなかったしね。そんな俺とは正反対に、パコはすごかった。薔薇の花束を必ずガールフレンドのクラスまで配達してもらって、放課後はパーティーとドライブでいけてるデートを演出するんだ。パコのガールフレンドは、どの子も最高の彼氏を持ったと思っていたはずだ。パコは女の子を喜ばせるのがすっごく得意なんだよ。息をするように恋愛を楽しめるあの性分は、つくづく羨ましい」
 ユウトが喋り終えると、ロブは「驚いた」と大袈裟に目を見開いた。
「前から思ってたんだけど、ユウトってパコのことが大好きだけど、同時に強いコンプレックスを抱いているよね」
「そりゃあね。パコは学校でキングみたいな存在だったんだ。フットボール部のエースで、彼女はチアリーダーとかモデルの子とか、とにかく美人ばかり。バンドも組んでいてボーカルとリードギター担当で、ライブをやれば大歓声。友達も多くて誰からも好かれていた。俺みたいな地味で目立たない大人しい奴がパコの弟だと知ると、みんな驚いた。そりゃ似てなくて当然だよ、だって血が繋がってないんだから。子供の頃から『本当にあのパコの弟か?』っていう台詞、死ぬほど聞かされてきてうんざりだった。コンプレックスくらい持つだろ」
「なるほどね。そんなにすごい兄貴なら確かに大変だ。俺ならきっと反発したり嫌ったりするところだけど、性格のいい君のことだから複雑な気持ちは押し殺して、いつだっていい弟として接してきたんだろうな。違う?」
 にっこり微笑むロブを見ていたら、急に気恥ずかしくなってきた。この頭脳明晰で洞察力に優れた犯罪学者の前にいると、何かもを見透かされた気持ちになる。
「別に性格がいいからパコと仲良くしてきたんじゃない。コンプレックスを上回る好意があっただけだよ。パコはずっと俺のヒーローだったから」
「パコが聞いたら泣いちゃうだろうね。ところで今もパコは君のヒーロー?」
「今は違うかな」
 率直に答えると、ロブは「別の意味でも泣いちゃうね」と茶々を入れた。
「今もパコのことは大好きだし尊敬もしてる。だけど彼をヒーローみたいに思う気持ちからは、卒業したほうがいいって気づいたんだ。自分のためにもパコのためにも」
「そうだね。尊敬や憧れってそれ自体はすごく素晴らしい感情だけど、対象が親しい相手の場合、理想化しすぎると健全な関係性を阻害する場合もある。誰にでも欠点や駄目な部分はあるのに、それを認められなくて必要以上に相手に失望してしまうのは、どちらにとっても不幸なことだ」
「それって君がヨシュアに言いたいことだろ?」
 今度はユウトがからかう番だった。ロブは一本やられたとばかりに肩をすくめてみせた。
 他人にはいつも的確なアドバイスを与えられる男でも、自分のこととなるとそうはいかないものらしい。ヨシュアに失望されるくらいなら、駄目な部分は見せないで完璧な恋人を演じたいというロブに、ユウトは少しだけ同情している。
「ひとつだけ言っておくけど、俺が怖いのはヨシュアに失望されることじゃない。彼に嫌われることだよ」
「どう違うんだ?」
「失望ならいくらでも挽回できるけど、嫌われたら一巻の終わりだ。ヨシュアはすごくきっぱりしているからね」
 確かにヨシュアは曖昧を嫌う性格だが、自分の恋人を血も涙もない人間のように言うのは、あまりにもロブらしくない。それだけヨシュアに嫌われることを恐れているのだろう。
 恋多き男の最後の恋は順調そのものに見えるが、本人にしかわからない苦労があるようだ。


 ロブが帰ったとあと、ユウトはキッチンに立って夕食の準備を開始した。ディックのリクエストで今晩のメニューはカレーに決定している。タイ風でもインド風でもなく日本風のカレーライスがいいらしい。
 ユウトと暮らすまで日本のカレーは知らなかったそうだが、何度かつくったらすっかりはまってしまい、最近はよくリクエストされる。日本のカレールーは近所のスーパーでも買えるし、つくるのも簡単だからユウトとしてはむしろ助かるくらいだが、今月はこれで二度目だ。ディックは一度気に入るとしつこく食べたがる傾向がある。そのへんはちょっと子供っぽい気がして可愛く思う。
 カレーを鍋で煮込んでいる間にサラダをつくり、それが終わると豚肉を冷蔵庫から出した。少し前に日本食レストランに行った際、ディックが肉を食べたいと言うのでトンカツを勧めてみたら、うますぎたらしく無言になってしまった。
 確かにトンカツはうまい。ディックが喜ぶなら家でも食べさせてあげたいと思い、ネットで作り方を調べると案外簡単そうだった。チャレンジしてみようと近所のスーパーでパン粉を探したが、日本のパン粉は置いていなかった。アメリカのさらっとした粉のようなパン粉では、あの食感を出せないので一度は諦めた。
 でも今日は大丈夫。昨日、仕事帰りにアジアンフードが充実したスーパーに寄って、日本スタイルのパン粉を買っておいたから。パッケージには<PANKO>と大きく表示されている。これでサクサクのトンカツを揚げられる。
 ディックから「あと十分くらいで帰る」とメールが届いたので、ユウトはとんかつづくりに取りかかった。筋切りした豚肉に塩胡椒を振り、小麦粉と卵と少量の水を混ぜた液につけ、パン粉をまぶす。たっぷり油が入ったフライパンにパン粉を落とすと、軽く沈んですぐに浮かんできた。ちょうどいい温度だ。
「よし、入れるぞ」
 緊張しながらたっぷり衣がついた豚肉を油に入れた。ジュワジュワと油が泡立ち、しばらくすると衣がキツネ色に色づいてきた。頃合いを見計らいトングで掴んで裏返す。
「あ……」
 一部がやや焦げかかっていた。フライパンでは深さが足りなかったようだ。慌てて火を弱め、全体がいい色になるまで加熱した。最後はしっかり油を切り、キッチンペーパーを敷いた皿に載せる。
 初めてのトンカツはまずまずの出来映えだった。焦げて色むらはあるが、裏にすればいいと割り切ることにした。
 テーブルにサラダと取り皿を並べていると、タイミングよくディックが帰ってきた。
「おかえり、ディック。夕食はもうできてるよ」
 スーツ姿のディックはネクタイを緩めながらユウトのそばまで来て、「ただいま」と頬にキスをした。俺の恋人は今日も最高にいい男だと再確認しつつ、キスを返す。
「夕食のメニューを当ててやろうか? 今夜はカレーライスだ」
「自分でリクエストしておいてよく言うよ。でも残念ながら外れ」
 ディックは眉根を寄せて「嘘だろ?」とユウトを見つめた。本気でショックを受けている様子が可笑しくて笑いそうになった。
「今夜はただのカレーじゃない。なんとカツカレーだ。トンカツ、好きだろう? カレーにトッピングしても最高にうまいんだ」
「カレーライスとトンカツを合体させるのか。それはすごい。最高のドリームチームだな。すぐ着替えてくる」
 ディックは驚くほどの速さでTシャツとジーンズに着替えて戻ってきた。ビールで乾杯してさっそく夕食を開始する。ディックはいつになくテンションが高く、ひとくち食べるごとに「衣がサクサクだ」「肉がすごく柔らかい」「ルーの甘みと辛みがちょうどいいな」といちいち感想を口にした。普段、食事中にここまで喋る男ではないのに、よほどカツカレーが嬉しいらしい。
「警察を辞めてカレーライス店をやったらどうだ? きっと繁盛するぞ。俺も手伝う」
 二杯目のカレーを頬張りながら真顔で言う。苦笑するしかなかった。
「こんなのただの家庭料理だ。誰にだってつくれる」
「そんなことはない。有名レストランで食べる料理よりずっとうまいぞ」
 ディックはロブのように美食家ではないし、何よりユウトのつくるものならどんなものでも褒めるから、申し訳ないがその言葉にはまったく説得力はない。
 食べ終わって満足そうに腹を撫でているディックに、ロブからもらったカップケーキを出してやった。
「デザートにどうぞ。ロブがくれたんだ」
 ディックは「うまそうだな」と手を伸ばし、かぶりついた。
「お前も食べろよ」
「俺はいいよ。夕方、ロブと一緒に食べたから」
「駄目だ、ひとくち味わえ。俺だけカロリーオーバーにさせる気か?」
 ほら、とカップケーキを突き出してくる。
「カロリーオーバーなのはカップケーキのせいじゃなくて、カレーを食べ過ぎたせいだろう。わかったよ、食べるって」
 顔を近づけ、ディックが持ったカップケーキをひとくちかじった。バナナの風味がふわっと口の中で広がる。
「うん、バナナもいける。……なんだよ? ニヤニヤして」
「最高の夕食に最高の恋人。今が俺の人生のクライマックスだって気がしてならない」
 人生のクライマックス――。
 ディックの口からあまりにも大袈裟な言葉が飛び出し、ユウトは噴き出した。可笑しすぎてテーブルまで叩いてしまう。
「カツカレーとカップケーキにかぶりついている俺が、人生のクライマックスだって? いくらなんでもそれはない。ディック、まさか酔ってるのか?」
「笑いたければ笑え。お前に俺の気持ちはわかりっこない。俺がどれだけ今の生活に感謝しているのか、ありきたりな言葉では言い表せないほどだ」
 冗談交じりならともかく、真面目な顔で言うものだからユウトは困ってしまい、「あー、ええとさ、ロブなんだけど」と強引に話題を変えた。
「バレンタインデーはヨシュアと海が見えるレストランでデートするんだって。ふたりで過ごす初めてのバレンタインデーだからってえらく張り切っていたよ」
「ロブらしいな。……俺とお前の初めてのバレンタインデーは、お互い仕事だった」
「ああ、そうだったな」
 去年の話だ。ディックはクライアントの旅行に同行してニューヨークへ、ユウトは大物の麻薬ディーラーを逮捕するため、張り込みで家に帰れないでいた。
「まあ別にバレンタインデーなんて、俺たちには――」
 関係ないよな、と言おうとしたが、ディックが不意に手を握ってきたので言葉を続けられなくなった。
「――ユウト」
「な、なんだよ?」
「今年のバレンタインデーはお前に花束をプレゼントしたい。駄目か?」
 やけに真剣な表情だ。まるでプロポーズの返事を待つようなディックの真剣な様子を見ながら、ユウトは本気で迷った。
 ここは笑うべきなのか? 笑ってもいい場面なのか?
「はっきり答えてくれ、ユウト」
 シリアスな態度を崩さないディックを見て、これっぽっちもふざけていないことを知った。よかった、笑わなくて。
「花をくれるのは構わないけど、別に気を遣わなくてもいいよ。俺はそういうの気にしないし」
「俺が気にする。というか、俺がプレゼントしたいんだ。お前はバレンタインデー嫌いだから去年は我慢したが、今年は一緒に祝いたい」
「え? 嫌いって言ったっけ?」
「去年の今頃、俺が14日は仕事でLAにいない、一緒に過ごせなくてすまないと謝ったら、バレンタインデーなんてくだらないものに振り回されるのはやめようと言っただろ。ああいうのは嫌いだって顔をしかめて言うものだから、手配していた花を慌ててキャンセルしたんだ」
 確かに言った。しかしそれはディックが心底申し訳なさそうにしていたからだ。一緒に過ごせないことで罪悪感を持ってほしくなくて、少し大袈裟にバレンタインデーを貶してしまったのだ。実際、ユウトにはどうでもいい問題ではあったけど。
「俺だって本当はお前をデートに誘いたいんだ。でもバレンタインデー嫌いのお前に無理はさせたくない。だからせめて花を贈りたい。それくらいは許してくれるか?」
 ディックに握られた右手が痛かった。繋がったふたりの手を見下ろしながらユウトは思った。
 ……ええと、なんでこうなった?
「あのさ、ディック。バレンタインデー嫌いといっても、別に蕁麻疹が出るほど大嫌いってわけじゃないんだよ。ただ積極的に参加して、その日だけ特別みたいに過ごすのは性分じゃないってだけでさ。だから花をくれることは構わない。っていうか嬉しいよ、すごく。お前の優しさだし」
「愛情だ」
「あ、ああ、愛情か、うん。そうだな。愛情だ」
 ちょっと面倒臭い……。ディックがというより、この状況が。
 しかしそんな気持ちを態度に出せば、ディックは確実に拗ねる。拗ねたディックはとても扱いづらくなるので、ここで彼の気持ちを拗らせるのは絶対に得策ではない。
「本当に嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないよ。ありがとう。でも仕事が早く終わるとは限らないから、待たせてしまうかも」
「構わない。明日は俺が料理して、お前の帰りを待ってるから」
 驚いたな、と内心で溜め息をついた。まさかディックがそんなにもバレンタインデーに思い入れがあったなんて、まったく気づかなかった。
「嫌なら答えなくていいんだけど、ディックは昔の恋人たちともバレンタインデーは特別に過ごしてきたのか?」
 ディックは「いいや」と首を振った。
「お前と同じで、俺も男同士でバレンタインデーなんてどうでもいいと思っていたから、特に何もしなかった」
「へえ。じゃあどうして変わったんだ?」
 ディックはすぐには答えなかった。沈黙の中にためらいの気配を感じたユウトは、「いいよ、答えなくても」と助け船を出した。
「無理に聞きたいわけじゃない」
「いや、答えたくないとかそういうんじゃないんだ。上手く言葉が出てこなかっただけで。……俺は人より多くの死を見てきた。もちろんその中には、俺が奪った命も含まれる。どんな命も呆気なく消えることを体験として知りすぎている」
 ディックの言葉には安易に頷くことのできない重みがあった。特殊部隊の軍人として様々な作戦に従事してきたディックは、時には非合法な任務で罪なき人々の命も奪ってきた。
「今は平和な毎日の中で穏やかに生きていられるが、それでも明日が必ず来るという実感が持てない。別に悲観主義者でもないのに、つくづく嫌な性分だ」
 ユウトは黙ってディックの言葉に聞き入った。
「俺にはお前と過ごす毎日が何より大切だから、できることならすべての時間を覚えていたい。けど俺の記憶力は人並みだから、時間と共にいろんな記憶が抜け落ちていく。一ヵ月前、お前とどんな夕食の時間を過ごしたかも思い出せない」
「仕方ないよ。それが普通だ」
「ああ。でも特別な日のことはよく覚えている。いくつもある。俺がお前と暮らすために、LAにやって来たのこと。初めて一緒に過ごしたクリスマスのこと。ふたりで見た独立記念日の花火も、ツーソンで見た星空の美しさも、きっと死ぬまで覚えているだろう。だからバレンタインデーも特別な気分で過ごせば、忘れられない思い出になると思うんだ。いつか年を取って昔を振り返ったとき、あの年のバレンタインデーはこんなふうだったなって、お前と笑って話せる未来を想像すると、それだけで俺は幸せな気分になれる」
「ディック……」
「わかってるんだ。本当は覚えていられないような些細な日常こそが大切だって。ごちゃごちゃ考えて面倒臭い男だよな。すまない」
 自嘲の笑いを漏らすディックを見つめながら、胸が締めつけられるよう切なさを覚えた。明日が来ることを心の奥底で信じられない男が、同時に遠い未来を想像したがっている。
 それはふたりがずっと一緒に生きた末に訪れるだろう時間。ディックの欲している唯一のもの。
「……本当に面倒臭い奴だよ。だけど残念なことに、俺は面倒臭いディックが嫌いじゃないんだ。っていうより、すごく愛おしく思えるから謝らなくていい」
 ユウトは椅子から立ち上がり、後ろからディックの肩に両腕を回して抱き締めた。
「お前の気持ちはよくわかったよ。バレンタインデーは毎年ふたりの大事な日として過ごそう。……そうだ、俺は手紙を書くよ。特別なラブレターだ。それを保管しておいてくれたら、おじいちゃんになってもふたりがどんなバレンタインデーを過ごしてきたか、絶対に忘れないだろ?」
 普段、ディックに手紙を書くことはないので、我ながらいいアイデアだと思った。バレンタインデーは好きじゃなくてもディックのことは大好きだから、本意ではないがこれからは毎年「Happy Valentine's Day!」と書いたラブレターを用意して、ついでに定番のハートクッキーも買うことにしよう。
 面倒だけど、こういう手間を惜しんではいけない。手紙をもらうディックだけでなく、手紙を書くユウト自身も幸せな気分になれるのは確実なのだから。
「ユウト、ありがとう。俺の恋人は最高にいい男だと再認識した」
 腕を引かれ、膝の上に座らされた。ふたり分の重みで椅子が軋む。
「まさかここでキスするつもりか?」
 近づいてくるディックの唇を手のひらで押しとどめた。
「駄目か?」
「駄目だよ。椅子が壊れる」
「壊れないだろ。この椅子は見た目より頑丈だ」
「椅子が壊れるかもってヒヤヒヤしながらキスしたって楽しくない」
 ユウトが言い張ると「しょうがないな」とディックが折れた。
「じゃあベッドに行こう」
「ベッドも駄目だ。ベッドにいったらキスだけで終わらないだろう? まだ片づけがあるし」
「食器なら俺があとで洗うよ。全部任せろ」
 ユウトの手を握って寝室へと向かうディックは上機嫌だった。しかしユウトが小さく溜め息をつくと、急に足を止めて振り返り、「お前が嫌ならやめておく」と言い出した。
 今日は我慢して、明日楽しむほうがよくないかと提案することも考えたが、とびきりハンサムでセクシーな男が、叱られた子供みたいな目で自分の言葉を待っている。そんな姿を見てしまったら、甘く胸が疼いて別の溜め息が出そうだ。
 今夜は今夜、明日は明日で楽しめばいい。愛し合う行為で減るものなんて、何もないのだから。
「嫌じゃないよ。さあディック、俺をベッドに連れていけ」
 ジャンプして抱きつくと、ディックは素早くユウトの身体をキャッチしてしっかりと抱き留めた。ユウトの腰を抱きかかえたディックは、嬉しそうににやけている。
「お前って本当に俺のことが好きだよな」
「呆れてもいいぞ。自分でもうざいと思ってる」
「俺はうざいなんて思わない」
 その代わり、いつも心の中で思ってる。俺の恋人はどうしようもないほど可愛い男だと。
 ディックを見下ろす体勢で唇を押し当てた。わざと音を立てて派手なキスして、艶やかな金髪に指を入れてかき乱してやる。
 愛おしい気持ちが乱暴に飛び跳ねて心の中に収まってくれず、ディックを揉みくちゃにしてしまう。ついには耳朶に強く歯を立ててしまった。これはさすがにやりすぎだと我に返る。
「……ごめん、痛かった?」
 歯形がついた耳朶に指を這わせながら謝ると、尻を軽く叩かれた。
「そんな台詞は噛みちぎってから言え」
 
ディックは笑いながら答え、ユウトを抱いたまま危なげのない足取りで寝室へと歩きだした。
 
 





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★DEADLOCKシリーズ未読の方は、読まないほうがいいです★

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プロット作成 2006年4月3日?

刑務所ものが書きたいです、と担当さんにお願いして、OKをいただき、一番最初に出したのが多分、このプロットではないかと思われます。

たたき台用のざっくりしたプロットなので、誤字脱字あると思います。



■アメリカが舞台の刑務所もの
「デッドロック」(deadlock)(仮)

★受け:ユウキ・ジェネスト(仮)
日系人。27~29歳くらい。FBIかDEA(司法省麻薬取締局)の元潜入捜査官。あっさりクールビューティ系。

★攻め:ディック・バーンフォード(仮)金髪碧眼の白人。28歳くらい。ユウキと同室。囚人たちから一目を置かれる、謎の多い男。ナチュラルにセクシー系。


ユウキはある事件で検挙した犯人に逆恨みされ、家族を傷つけられる(もしくは殺される)。怒りに燃え犯人を探し出すが、犯人の部屋に押し入ると何者かによって殺害されていた。ユウキは無罪を主張したが殺人犯と断定され、15年の実刑判決を受ける。
だがFBIがユウキに特殊な司法取引を持ちかけてきた。州立刑務所に収監されているテロリスト集団のリーダーと思われる男が、獄中から連続テロの指示を出している可能性があるので、潜入して真偽を探れというものだった。真相を掴めば大幅に減刑され、一年で出所できるという。

当局の説明によると、先日起きたテロ事件で爆弾を仕掛けた実行犯を逮捕した際、その男から「自分たちはリーダーの指示によってテロを起こしている、リーダーは殺人罪でシェルガー刑務所に服役中だ」という証言を得たが、その男は何者かに殺され、リーダーが誰なのかまでは明らかにされなかった。
テロリスト集団は三か月後の国際サミットで大規模なテロを予定しているという。リーダーのゴーサインが出れば計画が決行される。なんとしても、それまでに真相を解明しなければならなかった。
わかっているのはリーダーが白人の若い男で、背中に大きな火傷の跡があるということだけ(この辺はもうちょっと考えます)。数少ない情報だけを与えられ、ユウキは州立刑務所へと送致される。

シェルガー刑務所は、重罪を犯した凶悪犯ばかりが服役している脱獄不可能の重警備刑務所だった。周囲には高圧電線が張り巡らされ、ライフル銃を持った看守が24時間体勢で監視している。
看守たちの扱いは非人道的で、囚人たちはひと癖もふた癖もある荒くれ者ばかり。リンチ、レイプ、看守の虐待は日常茶飯事の地獄のような場所だった。
入所早々、ユウキも新入り歓迎のリンチを受け、こんなところからは絶対に出てやる、なんとしてもリーダーを捜し出すと決意する。任務を果たせなければ、この地獄で15年も服役しなければならないのだ。

監房は元々独房だったが囚人が増えたため、現在はふたり部屋。同室になったのは、どこか謎めいた雰囲気を持つディックという男だった。冷ややかなアイスブルーの瞳ときれいな金髪。むさ苦しい男たちの中にあって、ひとり飄々としていて掴み所がなかった。
「奴らにレイプされたくなければ、隙を見せるな。お前は野獣の群れに放り込まれた羊も同然だ。身の安全を守りたいのなら、どこかのグループに入れ」
頭ごなしに諭されるが、そういうディック自身が一匹狼だった。馬鹿にされた気がして最初はディックに強い反感を持つユウキだったが、時間がたつにつれ、少しずつディックを頼りにするようになる。ディックも冷たい素振りを見せながらも、実際は面倒見のいい男で、ユウキの危機を何度も救ってくれた。
いつしか、ユウキはディックに友情を感じるようになり、殺伐とした刑務所の中でディックとふたりで過ごす時間が、ユウキの唯一の慰めになっていく。

一方、リーダー捜しでは、条件に合っている白人グループのボス、ビリー・トッドに的を絞り近づいていく。上手く取り入りビリーと親しくなるが、ユウキはビリーたちと対立している黒人グループに目をつけられ、シャワー室で集団レイプを受ける。
ユウキはひどい怪我をして医務室送りになる。弱気になったユウキは、自分にはもうこれ以上の捜査は無理だと絶望する。だが諦めれば自由にはなれない。自分の無実を信じ、待ってくれている家族を思うと胸が苦しかった。
心身共に憔悴しきったユウキだったが、ディックがずっと付き添い、看護してくれたことで、また次第に生きる気力を取り戻していく。

ようやく傷も癒え、ユウキは久しぶりにシャワーを浴びる。ディックも入ってきて、隣でシャワーを浴び始める。まだ身体が本調子ではないユウキを見かね、ディックが頭を洗ってくれたが、肌と肌の接触や彼のたくましい肉体を目の当たりにし、ユウキはレイプされた時の恐怖を蘇らせてしまう。
ディックは錯乱して震えるユウキを抱き締め、頬や額に何度も慈愛に満ちたキスを与える。非人間的な世界で過ごしているうち、人肌の温もりに包まれる安堵感を忘れていたが、ディックに抱き締められ、ユウキはひとときの安らぎを感じる。
怯えを拭うようなディックの優しい愛撫に、ユウキの肉体は自然と反応してしまう。逃げようとしたがディックはユウキを離さず、怖がる子供に言い聞かすように「大丈夫だから」と囁きながら、手でユウキを慰めてきた。抗ったが、ディックの力強い抱擁になすすべもない。

「俺はお前を傷つけたりしない。俺を信じろ」
傷ついたユウキの胸に、ディックの言葉が深く染みこんでいく。孤立無援の環境で、ディックだけが自分を助けてくれた。シャワーの水しぶきと湯煙の中で、ユウキは戸惑い恐れながらも、かつてないほどの甘い快感を味わってしまう。いつしかふたりの唇は強く重なり合っていた。
ユウキは達したが、固くなったディックのそれに触れる勇気がない。ユウキの躊躇いに気づいたディックは、「お前にさせようなんて思ってない。自分で処理する」と苦笑して、ユウキを先にシャワー室から出て行けと言った。
ユウキは申し訳ない気分でシャワーブースを出ようとするが、ふと振り返った時、ディックの背中に大きな火傷の跡を見つけてしまう。
まさか、ディックがテロリストのリーダーなのか──?




この中途半端なプロットで執筆OKをいただき(笑)、さらに一巻用のプロットとしてつくったのが、こちらで公開しているものになると思います。


『PROMISING DEADLOCKシーズン2』の発売記念企画、たくさんのご参加ありがとうございました。

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リツイート数が500以上でロブ×ヨシュアの番外編を、1000件以上でディック×ユウトの番外編も公開するという企画でしたが、1000件を達成しましたので、まずはロブとヨシュアのSSを公開いたします。
遅くなり申し訳ありません。

また「こんなの読んでみたい」リクエスト募集にも、たくさんのリクエストをありがとうございました。
60件以上メッセージをいただき、どれも書いてみたい、読んでみたい、と思える面白さや萌えが詰まったアイデアで、皆さんの妄想力に感激したりニヤニヤしたり。
今後、またDEADLOCKシリーズを書く機会があれば、参考にさせていただくかもしれません。

ロブ×ヨシュアへのリクエストに、ふたりで演技の練習をするというのがあったので(具体的な内容は違うのですが)、今回はそちらから発想を得て書かせていただきました。

短いお話ですが、お楽しみいただければ嬉しいです。




o for classic, timeless pieces to always look your best. (1)



『プライベートレッスン』


 リビングのソファーでワインを飲みながら本を読んでいると、ヨシュアがドアを開けて入ってきた。重大な案件を抱える政治家のような難しい顔つきだ。
 ヨシュアはロブの隣に腰を下ろすと、「お願いがあります」と切り出した。結婚したパートナーから真剣な表情でお願いがあるなどと言われたら、普通は何事かと身構えるものだろうが、ヨシュアは普段からこういう態度だ。
「ああ、いいよ。わかった」
「まだ何も言ってませんが」
「君のお願いならなんでも聞くって」
 ロブがウインクして言うと、ヨシュアは「ありがとうございます」と礼を言った。
 ──ねえ、ハニー。そこはにっこり笑って頬にキスでいいんじゃないの? と心の中で突っ込んだが、ヨシュアのこういう気が利かないところがいつだって愛おしい。
「演技の練習を見てもらえませんか。ひとりだと上手くできているのかどうかわからなくて。ロブの率直な感想が聞きたいんです」
 夕食後、二階の自室にこもったまま出てこないと思ったら台本を読んでいたらしい。部屋に置いてある原寸大フィギュアのバットマンに向かって、ひとり台詞を読むヨシュアの姿を想像して笑いそうになった。
 本格的に俳優を目指すことになったヨシュアは、演技の個人レッスンに通い始めた。演技トレーナーはコルヴィッチ監督の古い友人で信頼の置ける人物のようだ。
「いいよ。俺でよければいくらでもつき合う。どんな台本?」
 ヨシュアが手に持っていた台本を差し出してきたので、受け取ってページをめくってみた。
「先生から課題として渡された練習用台本です。いくつかの人物設定で、同じ内容を演じます」
 付箋の貼られたページをざっと読んでみると、男が恋人から浮気を疑われて言い訳するシーンが書かれていた。人物設定は生真面目な会計士とか、気弱で自己主張できない大学生とか、女ったらしのハンサムとか、ざっくりとしか書かれていない。
「順番にいきます。ロブは座ったままで女性役をお願いします」
「えっ? 俺も演技するの?」
「ええ、ぜひ。そのほうがやりやすいので。……駄目ですか?」
 君のお願いならなんでも聞くと言った手前、今さら嫌とは言えない。内心ではちょっと焦っていたが、「わかったよ。相手役は任せて」とロブは余裕ぶって微笑んでみせた。
「私は台詞を覚えているので、台本はロブが持っていてください。──では始めます。まずは生真面目な会計士から」
 ヨシュアはソファーから立ち上がり、ロブの前に立つと険しい表情を浮かべた。
「──リサ、すべて君の誤解だ。私は浮気なんかしていない。何度言ったらわかるんだ?」
 多少、棒読みではあるが、ヨシュアは滑舌がいいので台詞の聞こえは悪くない。ロブは台本から顔を上げて、そこに書いてある台詞を感情たっぷりに読み上げた。
「嘘よっ。マリアンが教えてくれたんだから。あなたが若い女と腕を組んで歩いていたって」
 自分で言うのもなんだが、なかなかいい演技ではないだろうか。子供の頃から芝居をするのは得意なほうだ。
「見間違いだ。断じてそれは私じゃない。いいか、リサ。よく聞いてくれ。私が愛してるのは君だけだ。他の女に興味はない」
 訴えるような口調。真剣な眼差し。ぎこちなさはあるものの、おそらく何度も何度も繰り返し練習したのだろう。予想よりずっとさまになっている。ヨシュアの成長を目の当たりにして感激で胸が熱くなった。素晴らしき努力の賜だ。
 男と女は仲直りするという短い筋書きだったが、ヨシュアはすべての台詞を間違えることなく語りきった。
「どうでしたか? 率直な感想を聞かせてください」
「よかったよ。真面目で不器用な男が恋人の誤解を解きたくて必死な感じが、すごく伝わってきた」
 ヨシュアはほっとしたのか淡い笑みを一瞬だけ浮かべたが、ここで気を抜いてはいけないというように口元を引き締めた。
「では、次です。気弱で自己主張できない大学生。……リサ、違うんだ、すべて君の誤解だよ。僕は浮気なんかしない。何度も言ってるじゃないか。お願いだから信じてよ」
 困惑の表情でロブを見下ろすヨシュアは、確かに頑張って演技をしている。しかし残念ながらさっきの会計士ほど出来はよくなかった。本人のパーソナリティから離れてしまう役は難しいようだ。
 最後まで演じたヨシュアは自分でも満足できていないのか、手術に失敗した外科医のような深刻な顔つきで、「駄目ですよね」首を振った。
「そうだね。困った様子はよく出ていたよ。あとはもっとおどおどした雰囲気があればよかったかも」
 ヨシュアはロブの隣に腰を下ろして息を吐いた。
「自分と違う人間になるのは難しいです」
「心からなりきるのは、熟練した俳優でも大変だと思うよ。レッスンではメソッド演技法をやるのかな?」
「いえ、コルヴィッチが私には向いていないから必要ないと」
 それを聞いて安心した。メソッド演技法は役柄と徹底的に対峙しなければならず、役作りのために役者は自分の内面を深く掘り下げるなどして、精神的にかなり大変だと聞く。ヨシュアは感情から演技を引き出すのではなく、監督の指示通りに演じたほうが逆に表現の幅は広がるタイプだろう。
「まだレッスンも始まったばかりだし焦らなくていいよ。どんな仕事でも最初から上手くできる人間なんていない。少しずつ前進していこう」
「はい。頑張ります。……では、最後の女ったらしのハンサム、お願いします」
 ヨシュアとは真逆の役柄で、この役が彼には一番難しいはずだ。歯の浮くような台詞のオンパレードで軽薄なことこの上ない。しかしロブにとっては楽しみでもあった。棒読みな口調で甘い台詞を口にするヨシュアは、きっと笑ってしまうほど可愛いに違いない。
「ねえ、リサ。すべて君の誤解なんだよ。俺は浮気なんかしていない。何度言えばわかってくれるんだい?」
 おや、と思った。やけになめらかな口調でさまになっている。魅惑的に見える薄笑いの表情も自然な感じだ。
「嘘よ。マリアンが教えてくれたんだから。あなたが若い女と腕を組んで歩いていたって」
 ロブが台詞を言い終えると、ヨシュアは「見間違いだよ」と言い返してソファーに座った。そしてロブの手を優しく握り、顔を近づけ瞳を深く覗き込んできた。
「絶対にそれは俺じゃないね。いいかい、リサ。よく聞いてほしい。俺が愛してるのは君だけだ。他の女に興味はいっさいないんだ。俺は君に首ったけなんだから」
 誘うような魅惑的な眼差しで見つめられ、ロブは本気でドキッとした。こんなこなれた態度のヨシュアは見たことがない。どぎまぎしてしまい、思わず「だ、だけど……」と台本にはない言葉を口にしてしまった。
「マリアンの見間違いだっていう証拠はあるの?」
「ない。でも証拠なんて必要ないだろう? 俺は君だけを愛しているんだから。出会ってから今日まで、ずっとそう言い続けてきたつもりだよ。信じてくれないのかい?」
 ヨシュアの手が頬に伸びてきた。セクシーな手つきで頬から首まで撫でられる。最後にうなじをキュッと掴まれ、その官能的なタッチに背筋がゾクゾクした。
 これは一体どうしたことか。なんだって急にヨシュアの演技が上手くなったんだ?
「君に出会ってから俺は変わった。君が変えてくれたんだ。……来月の君の誕生日に言うつもりだったけど、もう我慢できない。今、言わせてほしい」
 ヨシュアはロブの驚きに気づかず演技を続けた。これは本当にヨシュアなのか? そっくりの別人ではないのかと思えるほど、女性慣れしたハンサム男をしっかりと熱演している。
「リサ。俺と結婚してほしい。君がいてくれなきゃ俺は駄目なんだ。答えは急がないから考えてほしい」
 台本だとリサは感激してOKだと即答するのだが、ヨシュアの変貌ぶりについていけないロブは感激の演技などまったくできず、ほぼ棒読みで「イエスに決まってるわ」と答えた。
「ああ、リサ。嬉しいよ。俺は世界一の幸せ者だ。君さえいてくれたら他には何もいらない。俺は君を一生離さないからな。覚悟しておいてくれ」
 最後の台詞を言い終えたヨシュアは、感極まったようにロブを強く抱き締めた。そんなアクションは台本には書いていない。こらえきれずロブは「一体どうなってるんだっ?」とヨシュアの腕の中で叫んだ。
「どうしてそんなに演技が上手いんだ? 君、リサって女と浮気してるじゃないのか?」
「してませんよ」
 ヨシュアは抱擁を解き、ロブを軽くにらんだ。
「だってさっきの君、ハンサムでにやけた女ったらしそのものだった。君からは一番かけ離れた役柄なのに、すごく自然だった」
「よかった。では上手に演じられていたんですね。ロブのおかげです」
「俺? 俺は何もしてないけど?」
 ヨシュアは「いいえ」と首を振った。
「さっきの演技はロブの真似をしてみたんです。ロブならこんなふうに言ったり動いたりするはずだと想像しながら演じてみました。そしたら自然に振る舞えた。だからロブのおかげなんです」
 嬉しそうに微笑むヨシュアを見ながら、ロブは呆気にとられた。ヨシュアが自分の真似をするなんて思いもしなかった。嬉しいのか恥ずかしいのか、自分でもよくわからない感情に見舞われる。
「俺っていつもあんなに気取った感じなの?」
 照れ隠しにおどけるように言ったら、ヨシュアは「いいえ」と首を振った。
「気取った感じに見えたなら、それは私の力不足です。あなたはいつだってスマートでセクシーです。気取りがなくて茶目っ気があって、軽薄に見えても実際は誠実で誰よりも優しい」
 本心から言っているのがわかる。そんなヨシュアが愛おしいやら可愛いやらで、ロブはたまらなくなった。
「ハニー、おいで」
 腕を広げると、ヨシュアは素直にロブの胸に身を預けた。ヨシュアを抱き締め、耳もとで「すごく素敵だったよ」と囁いた。
「お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「なんですか?」
「最後の台詞、もう一度言ってくれないかな。名前はリサじゃなくてロブに変更して」
 ヨシュアは意味がわからないというように軽く眉根を寄せたが、ロブの頼みを聞き入れてくれた。姿勢を正し、ロブの瞳を熱く見つめる。
「ああ、ロブ。嬉しいよ。俺は世界一の幸せ者だ。君さえいてくれたら他には何もいらない。俺は君を一生離さないからな。覚悟しておいてくれ」
 力強い愛の告白だった。ロブはうっとりした気分を味わいながら、「いいね」と呟いてヨシュアの頬にチュッとキスをした、
「いつもと違う君も刺激的で素敵だ。すごくドキドキした」
「私の気持ちがよくわかったでしょう?」
 どこか勝ち誇ったような表情でヨシュアが言った。意味がわからず「なんのこと?」と尋ねた。
「私もロブに甘い言葉を投げられるたび、いつもドキドキしているんです」
 冗談ではなく真面目に言っているらしい。だらしなくにやける顔を見られたくなくて、ロブはヨシュアを再び抱き締めた。
 まったく俺の恋人はなんて可愛いんだろう。普段、何を言っても平然としているくせに、実際はドキドキしていたなんて最高じゃないか。これから先、ヨシュアに甘い言葉を囁くたび、彼の内心を想像しては嬉しくなってしまう。
「さっきの演技、本当に上手でびっくりしたよ」
「演じたというより、あれは物真似です。一番よく知っている人をモデルにした」
 ヨシュアの艶やかな金髪にキスして、「物真似だとしてもすごいよ」と囁いた。
「君はすごく集中力がある。自分に合う役柄ならきっと上手く演じられる」
「ありがとうございます。また演技の練習につき合ってくれますか?」
「いいよ。俺でよければいつだって相手になってあげる。個人的な希望を言えば、いつかキスシーンの練習をしてみたいな。できればすごく濃厚なのがいい」
 笑ってくれると思ったのに、ヨシュアはロブの顔をまじまじと見つめ、「嫌です」と答えた。
「そんなことはできません」
「どうして?」
「だってロブと濃厚なキスなんかしたら、演技を忘れて本気になってしまいます。他の誰かと激しいキスシーンを演じることはできても、ロブとは絶対に無理です」
 いろんなシチュエーションでキスができたら楽しいと思って提案してみたのだが、ロブの希望はあっさり却下された。少しだけ残念だったが、そういう理由なら致し方ない。
「ロブ」
「ん?」
「どうして笑っているんですか?」
 おっといけない。無自覚にニヤニヤしていたらしい。
「君が好きだから笑っていたんだ」
 支離滅裂な言葉を返してしまったが、ヨシュアはなぜか「そうですか」と納得して、ロブの頬に手を添えた。ロブのニヤニヤがうつったのか、ヨシュアの口元にも笑みが浮かんでいる。
「ねえ、ベイビー。練習じゃなくて、今から本気のキスをしてもいいかな?」
「いいですよ。私もそうしたいと考えていたところですから」
「よかった。気が合うね」
 ふざけるように額を軽くぶつけたあと、ロブはヨシュアを力一杯に抱き締め、自分だけの魅惑的な唇を熱く奪った。



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